哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

はま寿司フェア第2弾」と山本周五郎「しじみ河岸」

朝食。

賞味期限迫ったホケミで簡単ホットケーキ。

はちみつやジャム塗って食べる。



 

昼食。

今日(19日)から「はま寿司の大切り旨ねた祭り 第2弾」

大切りまぐろはらみ」100円(税込110円)


「厚切りつぶ貝」100円(税込110円)

第1弾のネタも「なくなり次第終了」提供中

「国産 大切りかつおたたき」100円(税込110円)

おろししょうが乗ってるが、わさびも加えて味変

 

 

 

 

 

ゆっくり食べながら聴く今日の朗読は、

山本周五郎の深い名作「しじみ河岸」

 

山本周五郎しじみ河岸」


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この朗読を聴いて、なんとなく映画「三度目の殺人」を思い浮かべた。そして「裁くなかれ」の真意をもう一度考えた。

以前にも書いたことだが、山本周五郎の時代小説と聖書は深く関係してるとおもう。

裁けば、その裁きで、裁かれる。律之助の父親がそうだった。誰のせいでもない。自分を自分がそうするのだ。律之助もまたそうだった。

 

マタイによる福音書 7:1-6 新共同訳より引用させて頂きます。
人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。 あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。 あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。 兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。 

 

 

またこうも思った。

ヴィパッサナー実践の秘訣は「ジャッジしない」ということ。「電車と駅のたとえ」もキモはそこにある。ワタクシの判断を一切加えず、今ここの事実を、客観的科学的に観察することがこの上なく重要だという気付きだ。

イエス・キリストの「裁くな」は、相当実践応用問題だが、やはりこの同じ淵源から発してる教えじゃないか。

兄弟の目からおが屑を取り除くことができるためにはまず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見える

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(My Favorite Songs) 

Mungo Jerry - In The Summertime ORIGINAL 1970


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