哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

映画『しあわせのかおり』

邦画『しあわせのかおり』

 

Wikipedia「しあわせのかおり」あらすじ

より引用させていただきます。
 

金沢の港町にある小さな中華料理店「小上海飯店」。デパート店(北陸百貨店の食品部門)の営業として働いていた山下貴子(中谷美紀)は、小上海飯店の店主・王慶国(藤竜也)にデパートへの出店交渉を試みるが断られる。だが、貴子は小上海飯店の料理の味に魅かれて一人の客として通い続けるようになる。

貴子が通い続けていたある日、店主の王は病(脳梗塞)により倒れてしまう。王の病状を知った貴子は見舞いに病院を訪れ、言葉を交わすうちに二人の気持ちが向い合った。

後日、小上海飯店を訪れた貴子は、王の故郷である中国の紹興の話を聞き、仕事を辞め王に弟子入りするという大きな決断をする。

王に弟子入りした貴子は、中華料理に関する作法を学び会得する日々が始まった。そんなある日、王が恩人と慕う永田百合子(八千草薫)から「息子の結婚式の宴を取り仕切ってほしい」という話が舞い込む。返事に困っていた王であったが、やがて「宴」を貴子に一任することを告げる。

そして、「宴」の当日。百合子などが円卓を囲む中、貴子は「宴」の料理を作り始めていく。(引用終)

 
【キャスト】
中谷美紀藤竜也田中圭、下元史朗、木下ほうか、山田雅人甲本雅裕平泉成八千草薫
 
 

 

 以前記事にした『幸せのレシピ』もそうだけど、おれは食いしん坊のせいで、この種の映画は内容あまり関係なく好きになる。
 
たいていほのぼの系で、観てて気分いいし。

それに、どの映画も料理をすごく美味しそうに撮ってるんだな、それ見てるだけで楽しくなる、さすがプロだわ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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(過去記事統合増補編集再録)
 

決まり文句の挨拶考

 おれは子供の頃「こんにちは」を自然に言えなかった。

できれば、言いたくなかった。

親に叱られて、仕方なく小声でやっと言うかわいくない子供だった。

 

 

 

決まり文句を言うのは気恥ずかしい

 

という感覚がひとより強かったとおもう。

 

今はさすがに「おはようございます」「こんにちは」くらい自分から言うようにしてる、もういい大人だからね。

 

しかし「いいお天気ですね」は今でも言いたくないんだよ。

言えば口の周りがむずむず痒くなる。

 

日常生活を、わざわざ勝手に困難にしてるおれって、アホかいな。


 昨朝7時半、徒歩でゴミ出し。
道の角で通学児童の誘導当番らしい女性に声をかけた「おはようございます」

そっぽ向いて無視された。絶対聞こえてるはず。

なんで?

朝からちょっと不愉快。

ひょっとして、昔のおれと同類の人間なのか…。

いずれにしても、大人げない対応をしたのは相手だけ、おれはすべき事をした、そうおもって忘れよう。また同じ状況に会っても、おれは相手に関係なくただすべき事(挨拶)をする。←こんなことをおもってる自分を、冷めた目で見てる自分がいる。

今だに、決まり文句の挨拶を、正直さほどするべき事ともおもってないおれなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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www.youtube.com  イエヴァンポルカ (フィンランド民謡) "Ievan Polkka" 

 

 

(過去記事統合増補編集再録)

揚げないトンカツのカツ丼。豚肉自体の旨味!

イメージ 1

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 昨夜冷蔵庫に移しておいた
解凍済み自家製トンカツを
揚げずに、オーブンで焼き、
カツ丼にして食べる。
 
これが、美味い。

不必要な油くどさがないので、
 
豚肉自体の旨味が立って
 
揚げないほうがむしろ美味いくらいだ。
 
油使ってない分大幅カロリーオフだし。
 
それに、家庭の揚げ物は、専門店のようにはカラッと揚がりにくい。

今まで、家でも当然のように油で揚げてたが、

そんな必要なかったのかも。 

 

(オーブンの代わりに、アルミホイル等使って衣を焦がさないように工夫すれば、

トースターでもできる。

いずれにしても、焼き時間は、何度か試み、生焼けにならず、しかも余熱で肉にジャスト火が通るタイミングをはかるのがちょっとムズイ。

その点、かつ丼にすれば、最終の煮込み工程で火入れの微調整が効くので、失敗しにくいとおもう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(過去記事統合増補編集再録)

 

邦画『この国の空』

 

 

 

 

 以前書いたが、満島ひかり主演『海辺の生と死』を観た時にも同じことをおもった。

 

これは反戦映画にはなっていない。しかし面白かった。と。

 

その理由も同じだ。

 

 

たとえば今のテレビ番組を見ればすぐわかるが、善悪美醜も喜怒哀楽もすべてがふやけたイミテーションだ。
苛烈な戦時下では、イミテーションの存在余地は無くなり、善悪美醜も喜怒哀楽もすべてがいや応なく本性剥き出しになる。その非日常のヴィジョンは平時の人間を強く惹き付ける。
製作者の意図はどうあれ、そういうことを描いた作品になっているとおもう。

 

坂口安吾「堕落論」に、こうある。
…昭和二十年の四月四日という日、私は始めて四周に二時間にわたる爆撃を経験したのだが、頭上の照明弾で昼のように明るくなった、そのとき丁度上京していた次兄が防空壕の中から焼夷弾かと訊いた、いや照明弾が落ちてくるのだと答えようとした私は一応腹に力を入れた上でないと声が全然でないという状態を知った。…爆撃直後の罹災者達の行進は虚脱や放心と種類の違った驚くべき充満と重量をもつ無心であり、素直な運命の子供であった。…
… あの偉大な破壊の下では、運命はあったが、堕落はなかった。無心であったが、充満していた。…
…偉大な破壊、その驚くべき愛情。偉大な運命、その驚くべき愛情。それに比べれば、敗戦の表情はただの堕落にすぎない

 (引用終)

 

 

敗戦の表情はただの堕落にすぎない…つまり平時の堕落より戦時のリアルを良しとするのが安吾の結論かというと、そうではない。
 
真反対だ。

安吾はすぐにこう続ける。
 だが、堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間達の美しさも、泡沫のような虚しい幻影にすぎない
(引用終)
 
 
おれは、この安吾の結論に激しく同感する。
 
安吾は名著「堕落論」を次の言葉で締め括っている。

 …堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。

(引用終) 
 
 
 
 
ちなみに
この映画は、
 
反戦映画でもないし、
恋愛映画でもない
 
という意味のことを、主演の二階堂ふみは言っている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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(過去記事統合増補編集再録)

 

 

邦画『愛を乞うひと』と『魂萌え!』

 
邦画『愛を乞うひと

 

Wikipedia『愛を乞うひと』より引用させていただきます。

10歳まで孤児院で育った後実母に引き取られ、凄惨な虐待を受けて母への愛の渇望と憎しみを抱きつつ大人へと成長した少女が、ふとしたきっかけから母の過去を見つめる旅に出て、真の母の姿に向き合うことにより自分を取り戻していく……(引用終)

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 映画のテーマは、直前記事「ゲーマー」と同様人間の愚かさと欲だが、
こっちは、奇をてらわず昔からの手堅い手法で、じっくりと描いた作品。
 
個人的には苦手かな。
 
でも、まぎれもない名作。





 邦画、もう1本『魂萌え!

Wikipedia『魂萌え!』より引用させていただきます。

還暦を目前に控える主婦・関口敏子は会社勤めの夫・隆之と長女・美保と自宅で暮らし、長男・彰之は家族と共にアメリカで暮らしていた。美保が家を出て恋人と同棲生活を始め、隆之は定年退職を機に趣味でそば打ちを習い始め、敏子は夫婦2人だけの生活をのんびりと過ごしていた。それから3年後の2月9日、隆之は毎週木曜日に通うそば打ちから帰宅した後風呂場で心臓発作を起こし急逝してしまう。

葬儀を終えた敏子は夫を亡くした悲しみが癒えない中、もっと夫の体を気遣うべきだったと自分を責める日々を過ごす。そんな中隆之のケータイに昭子と名乗る女から一本の電話が入り、彼女と夫が何年も前から不倫していた事が発覚。情緒不安定になる敏子だったが、心配した長年の友人3人(美奈子・和世・栄子)からの誘いで皆で集まり学生時代の古い映像を見て一時の安らぎを得る。

しかしその後彰之から同居話と遺産相続の話を持ちかけられ、話を聞いた美保からは反対され身勝手な対応を受ける敏子。彰之からぞんざいに扱われた敏子は激怒して家を飛び出し、街のカプセルホテルに泊まり利用者の老婆との会話から人生教訓を得る。帰宅した敏子は、以前の弱気な自分を捨てて彰之と美保にこれまで抑えていた気持ちを吐き出しケジメをつける。

ある日、夫のそば打ち仲間の誘いで夫を偲ぶ会に参加した敏子は、指定されたそば屋でそばの会のメンバー・塚本と出会い皆でそばを食して夫を偲ぶ。しかしその店は昭子が娘夫婦と経営する店で、店を出た敏子は昭子の娘から隆之が店の開業資金に500万円も出資していたことを聞かされめまいを起こす。近くにいた塚本の提案で敏子の気分を落ち着かせるため、場所を変えて話をしに2人はタクシーで繁華街へ向かう。

ホテルのラウンジバーで会話した敏子は落ち着きを取り戻すが、紳士的な彼に惹かれてその夜妻子ある塚本に体を許してしまう。その日を境に敏子は日を追うごとに身も心も明るくなり、自宅の壁紙や台所用品も変えるなど長年の友人たちもその変化に驚く。しかし塚本との恋も長くは続かず、破局した敏子は深酒をして千鳥足で街の成人映画館に入る。実は以前から映写の仕事に興味を持つも躊躇していた敏子は、酔った勢いでそこにいた映写技師に技術を教えて欲しいと直談判する。

平凡な主婦だった敏子は夫の死から数ヶ月間で積極的に世の中と深く関わり、様々な問題に翻弄されながらも前向きに生きるようになる。数日後、敏子は夫名義のゴルフ場会員権証書の存在を知るが家中を探すが見つからず、昭子が持っていると疑う。後日敏子は昭子の店を訪れ、妻と愛人の関係に終止符を打つため臨時休業の張り紙がされた店の中で2人きりで決着をつける。

(引用終)

【キャスト】

 
 
 

 平凡な主婦の魂の芽生え、再生の物語みたいなことなのかな、多数者の反応としては。

 

 おれは全く違う感想を持つ。

 

きっと大多数に共感されないし、この映画の直接の批評でさえないが、あえて以下に書く。
 

 人間は動揺が大好きである。映画の広告の看板を見ても、動揺した顔ばかりがかいてある。
(澤木興道老師)
 

 大多数の人々は動揺が大好きなので、動揺の供給源である物語から離れたいと望んでいない。
自分が主役の映画に没頭して見入っている人のように、スクリーンの自分とそれを見ている自分を区別したがらない。
夢の中で永遠に泣いたり笑ったりしていたいのだ。

永遠に生きられるならそれもいい、永遠に生きられるなら…
そこで人間の大多数はどうしたか。


 その永遠に泣いたり笑ったりして生き続けたい欲の力で、自分は死んでも生きているという無法千万な妄想を、周りの空気を敏感に察して鵜呑みにしたのだ。彼らは物心がつく前にその盲信を完了したので、自分が不死を信じている事実に気づくことさえほとんどできない。
 

 あの世の天国も地獄も、さらに言えば夢から覚める悟りも、すべてが夢物語の中で完結してしまっている。彼らの現実はそういうシロモノだ。
 

 大多数の人々は共同幻想という夢の中でグループ惚けしていることをもって自己の幸福と感じている。
この根本原因がある限り、この映画で描かれている魂の動揺物語がくだらん変奏を加え切りなく反復されるのは間違いない。

さらに、日々いじめもくりかえされ、未来永劫戦争はなくならず、悲惨な世界であり続ける他ないのは、自業自得の結果だとおもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(過去記事統合増補編集再録)

映画「ゲーマー」脳とコンピューターを交ぜ合わす技術

Wikipedia ストーリーより引用させていただきます。

マインドコントロール技術の発達した2034年の世界では、俳優として応募してきた人間の意識を操り仮想空間のキャラクターとして動かすことのできる「ソサエティ」というコミューンをつくるまでになっていた。

ソサエティ」を開発した大富豪で天才科学者のケン・キャッスル(マイケル・C・ホール)は、「ソサエティ」に続く第二弾として「スレイヤー」というシステムを世に送り出す。

「スレイヤー」は「ソサエティ」と違い、刑務所収監中の囚人の意識をコントロールして行われる戦闘型仮想空間。囚人たちは刑罰の軽減や生き残ることが目的で「スレイヤー」に参加する。「スレイヤー」で繰り広げられる迫真の戦闘の模様はまたたく間に人気となり、世界中の多くの熱狂的な見物客を集めるようになる。

 

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 エンタメ主体の軽い映画だから、楽しく観て終わればいいようなもんだけど、奇抜な設定力で人間の愚かさと欲を白日の下にさらしているので、ちょっと考えちゃったよ。

種としてのヒトは、

解脱しようとしないなら、

止めどなく経年劣化し、

遅かれ早かれ、落ちるとこまで落ちる

 

ので、このくらいは、未来で実際に起きる気がする。

 

 

 

ニューズウィーク日本版 160122(金)16時0分配信
より引用させていただきます。 

【米軍の新兵器は「サイボーグ兵士」DARPAが開発中】

脳とコンピューターを繋ぐチップを頭に埋め込み、前線の兵士を「サイボーグ」に変える技術を、米軍が開発中だ。このインターフェイスは、米国防総省の研究機関である国防高等研究計画局(DARPA)が開発に取り組んでいる。チップを通じて脳細胞とコンピューターを接続できれば「人間の脳と最新電子機器の間に伝達経路を開くことができる」と、DARPAは説明する。…

 

 
 脳とコンピューターを交ぜ合わすことが技術的に可能になれば、法律で『悪用』を禁止しても止まらない。
『ゲーマー』的な、あるいはそれ以上の堕落が現実になる日は想定外に近くに迫ってるかも。
といっても、おれは過去記事に
 
「科学がもっと進歩して、人間が遺伝子レベルで完璧に解析され、脳の構造と機能もすべて解明されて、意識のコピーが簡単に作れる日が早く来てほしいです。そうなれば、それでも残る根源的問題が鮮明に浮き上がり、みんなが気づき易くなります。仏出世の一大事因縁を、今より多くの人が知りたいとおもうようになります。意識の非局在性説が正しければ、ずっと先の話になるでしょうが」
 
と書いたくらいだ、科学技術の発展を制限したいなんて、まったくおもわない。
おもったって無理だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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フィル・コリンズ
「見つめて欲しい」

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 (過去記事統合増補編集再録)

苦聖諦を得た人がすべき事

一昨日の記事
の補足(続き)です。

 

 苦聖諦を理解できたら、アナパナサティ(入息出息への気付き)瞑想を実践する必要が生じます。実践方法は他にもたくさんありますが、アナパナサティはブッダ一押しの方法です。

 アナパナサティ自体は別に難しくない。
ただ自分のしている呼吸に気づけばいいだけです。
長く息を吸ったら『長く息を吸った』と知り、長く息を吐いたら『長く息を吐いた』と知る。短く吸ったら『短く吸った』と知り、短く吐いたら『短く吐いた』と知る。これだけです。

 ところが苦聖諦の理解が浅いと、
この簡単な法が、簡単すぎてできないのです。
難しいと「難しすぎてできない」と言うくせに、
簡単だと「簡単すぎてつまらん。アホらしくてできない」と言う。
アホらしいのはお前だろ。

 

実は、苦聖諦の理解を深める一番の早道がまた、このアナパナサティなのです。
つまり、
 
苦聖諦がアナパナサティを完成させ、
アナパナサティが苦聖諦を完成させる
 
とも言えます。
 
ループバグですか?
 
いえ、ループですが、バグではありません。
 
というのも、この種のループは、
正しい認識が、あるレベルに達すると、必ず顕れるパターンで、
その意味において、必然で正常だからです。
 
 
 
ここは、呆然と立ち尽くさずに、決意して強行突破すべき場所です。
各人の頑張りしだいで、道が天と地に別れる関頭ですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (My Favorite Songs) 

ポール・マッカートニー&ウイングス
『007 死ぬのは奴らだ』主題歌 

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(過去記事統合増補編集再録)