嘘は、どんな理由があろうと決してついてはならない。
たとえ戯れにでも嘘をついてはならない。
というのがブッダの教えだとおもう。
嘘については、カントが非常に良いことを言ってる。
哲学者のカントは「どんなときでも絶対嘘をついてはいけない」と言った。
それに、同時代の思想家バンジャマン・コンスタンが文句をつけた。
たとえば、友達が殺し屋に追われて家に逃げこんできたとする。探しにきた殺し屋に「自分の家にいない」と嘘をつくのは正しいと。人の命を危機にさらすような相手(殺し屋)に真実を知らせる必要はないと。
カントが反論し「本当の事を言っても、それから殺し屋は探し始めるのだから、まだ逃がすだけの時間的余裕がある」などと説得力の乏しいことをいって(まで)相手が誰であろうと、嘘は道徳的に正しくないので、絶対言ってはいけないと、主張したと。
さすがはカントだとおもった。
カントは非常識なことを強弁しているというのが、1000人中999人の反応だろう。
しかし、正しいのはカントのほうで、バンジャマン・コンスタンと常識のほうが浅はかなのだとおもう。
※ちなみに、B・ラッセルがコンスタンとまったく同じことを主張しているのをずいぶん昔に読んだ覚えがある。賢者ラッセルさえこの始末だ。「嘘も方便」という迷妄は深い。
仏法は嘘に関して、世間の常識に決して妥協しない。
布施についても、仏法は世間の微温的常識を一蹴する。
佐々木閑 仏教講義 10「ミリンダの問い その102」(「仏教哲学の世界観」第13シリーズ)
ナーガセーナ長老は非常識なことを強弁しているというのが、1000人中999人の反応だろう。
しかし、ブッダの教えは解脱修行の成就に主眼を置くものと認めるかぎり、布施についておおすじ正しいのは、過度で非情なナーガセーナ長老の主張であり、ミリンダ王と現代まで綿々と続く「中道っぽい世間の常識」のほうが浅はかなのだとおもう。
仏法は布施に関して、世間の常識に決して妥協しない。
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