他人は私が私に持つほどの関心を私に持たないので、私のことを全然知らなくても「あなたを知ってます」と悪気なく言い、なんの痛痒も感じない。 |
私は私に切実な関心を持たずにいられないので「自分のことを一番知らないのは自分だ」と感じる。 それは心理的な事実だ。 |
自分自身のことを知らないままの一生は酔生夢死の人生だ。 |
そして、非常に多くの人々の口先ではなく行動が示す考えはこうだ。 |
「幸福に生きられさえすれば 酔生夢死の一生でかまわない」 |
これは、 初めから白旗を揚げた人生だ。 |
死ぬ直前に、本能から用済みのごみとして開放され、ようやく生き方を間違えていたとぼんやり気づくが、 その時は手遅れだ。 そこから「俺、俺のもの」は本能がでっち上げた幻想だと気づくには時間が足りず、直後に何もできないまま 死んでしまう。 |
人生はデフォルトで そうなる設定になっている。 |
上記
死ぬ直前に、本能から用済みのごみとして開放され、ようやく生き方を間違えていたとぼんやり気づく |
に関して、繰り返しになりますが、もう少し敷衍します。
欲望というものは、 人間の一生を徒労に終わらせる。 |
さあいよいよ死ぬというその瞬間になれば、(認める気さえあれば)誰でも自分の一生によって、このことを痛感する。 |
というのも、欲望のプログラムは、いまや死なんとする個体を、役立たずのものと見限って、
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欲望から自由な認識 |
を、その瞬間初めて彼(彼女)に許すからだ。 |
どんな欲深い人間でも、死ぬ前には、それまで気づけずにいた存在の意味に卒然として目覚めかける。 |
残念ながら、 その直後に何もできず死ぬ。 |
すべての人間は、動物として生まれた時の初期設定がそうなっているので、必ずそのように苦痛と無力感に悶えて死ぬしかない。 |
だから人生の目的は、手遅れになる前に自分でデフォルト値を変えること。 つまり、この「死ぬ直前の気づき」を、ピンピンしているうちになんとかして得ることだ。 |
※ 「デフォルト値」
ユーザーが設定を行わない場合に、
自動で使用される、プログラム側の既定値。
唯一絶対神信仰の人々は正面から見ると誇らしげに胸張って微笑むが、後ろ手で白旗を揚げている。彼らもただ幸福を感じて生きれば満足だと思っているからだ。 |
設定はデフォルトの範囲を出ていない。自我が神我にシフトしただけで、酔生夢死の一生という点では全く同じだからだ。 |
自分の手のしていることを自分に知らせないようにして「俺、俺のもの」の幻想を見ている。 |
(My Favorite Songs)
(過去記事統合増補編集再録)