釈尊はこのように説かれた。
つまり、
持戒なしに救いはありえない
と明言している。
これは変えようがない事実だ。
にもかかわらず、
法然上人は
本願の念仏には、ひとりだちをさせて
つまり、念仏者に持戒の努力は必要ないと明言している。
ということは、どういうことか。
念仏者は、本願の念仏さえとなえれば持戒はおのずと成立してくるということだ。念仏三昧の生活者は、知らん間に戒が身についてくる。
さらにこれを言い換えると、自然に持戒状態になってこない念仏者は、まだ救われてないということだ。
(対偶 「AならばB」と「BでないならAでない」の真理値は等しい)
※上記
釈尊の言葉は「種徳経五」より
法然上人は「黒谷上人語燈録十五」より
それぞれ引用させていただきました。
(My Favorite Songs)
「サーデューク」…なんていい曲なんだろう。人の気持ちをやさしくさせる。
スティービーワンダーの先輩、もうひとりの盲目の大天才レイチャールズ。
彼の不滅の名曲「What'd I Say」と「Hit the Road, Jack」
(スローな「Georgia On My Mind」も、もちろんいいけどね。おれはこっちのほうが好き )
彼の自伝的映画「
Ray | Every Great Musical Performance—"Hit the Road Jack," "Mess Around," "What'd I Say" and more!
(過去記事統合増補編集再録)