哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

意味ないことを面白がって死ぬまで過ごす悪癖


 仏道修行は悟りに向かう一本道。
悟りに向かう一本道は他でもない、四諦・八正道だ。このことははっきり決まっている。
それ以外は全て、出口の無い大きな部屋での堂々巡りに過ぎない。
だから、しばらくすると嫌悪の対象が一周して好ましくおもえるようになる
下品が上品なり、上品が下品になる。

修行しないなら、意味のないことを面白がるしかないからだ。そうやって死ぬまで暇つぶしをしているしかないからだ。





人間は仏道修行しないなら、絶望している自分に気づかないようにする必要がある。
そうしないと生きていられなくなるからだ。
そのためには、生命や労働は尊い等の幻想に頼らざるを得ない。

そうなると世の中は矛盾だらけ不条理まみれで問題が頻発するが、それをそのつど潮時を見計らってうやむやにし、幻想を永持ちさせるのが「世の賢者」ということになる。
「世の賢者」とは、神がいないなら作る必要があると言ったヴォルテールの類だ。


ちなみに上記の「しばらくすると嫌悪の対象が一周して好ましくおもえるようになる」つまり、一周して飽きたので価値を反転させた作業の、今でも人気のある有名な例はニーチェの「あらゆる価値の価値転換」だろう。



現世否定はまちがっている。欲望否定も良くない。というのが昨今の流行だ。

今に始まった事ではない。

抑える力が弱まれば、いつでも飛び出してくる強力なバネ運動のように、ソドムとゴモラの時代から、繰り返されてきたのだ。

今回の流行は、ニーチェ哲学から勢いがつきはじめたと思う。

たいていの哲学解説書で、ニーチェショーペンハウアー哲学を克服したことになっている。

「意志の否定」は戯言で、「権力への意志」と「超人」のほうが勝っていると判定している。

「おい、君たち、気は確かか?」と、おれは言いたくなる。

ニーチェは「野心家」の頂点に立った人間だ。

彼の視野は、そこから見渡せる景色に限定されている。

<すべての価値の価値転換>だって?
野心家が己の限界まで発展し、次の「意志の否定」にジャンプする段階で恐れをなし、逃げ帰った。
そのあげくの、あつかましい自己正当化ではないか。

精神錯乱の兆候がほの見える「道徳の系譜」で、この自己の限界に対する自覚が完璧に蒸発し、まるで全知者の如く大言壮語している。
(世俗化したキリスト教への批判は正鵠を射たが、勢いあまって「たらいの水といっしょに、赤子を流す」愚を犯した。
結局、ニーチェには、キリスト教の中にいるかけがえのない赤子が見えていない)


そんなニーチェの尻馬に付いて
「われわれの嫌いなものは、すべて良くないものだ。すぐに分からないものは、くだらないものだ」
と大合唱しているのが、この流行の正体ではないか。


 実は、このステレオタイプ作業は、忘れっぽい人類が何度も何度も繰り返している愚行だ。
古今東西のあらゆる宗教、哲学、思想、政治でこの痴態が、くだらないアレンジなど加えて実際に反復再演されてきた。

ここでは、仏教とキリスト教の実例を挙げておく。



 釈尊入滅後、やがて宗教改革が起こり、在家信者中心の大乗仏教ができた。

教科書的な解説本は、例外なく「菩薩」等を賞揚し、すばらしい改革であり発展であると断定している。

本当に、そうなのか?

在家信者だけを相手にすれば、「存在の意味」に直結する教えや修行は、しだいに忘れられていくほかはない。
かれらの多くは、それを問題としてさえ認知していないからだ。

もし、一切皆苦や不浄観をごまかしなく説いたら、怒って聞かないだろう。

すると、(途中は、はしょる)最終的にどうなるか?

釈尊の教えは、徐々に現世快楽主義的なものにすりかえられ、やがて、日々面白おかしく暮らすための処世術と区別できなくなる日が来る。

そして、大乗仏教の名は残り、釈尊の教えは消滅する。



西洋社会でも同様の現象が起きる。

キリスト教は、ルターなどの改革運動で一般信徒主導のプロテスタントが生まれた。

教科書的知識だと、その当時のカトリックは全否定してよいことになっている。

マルティンルターは、キリスト教に対して非の打ちどころなき正しい改革を成し遂げたと判定されている。

本当に、そうか?



それとは別に、やはり一般信徒主導のイスラム教も生まれた。

いずれも非常に多くの分派があるが、最終的に主流派は現世主義に収斂するだろう。
(まだ今のところ、その反対の現象が多く起きているとしてもだ。)

それは、一般信徒主導の集団である限り、避けられない結果だ。


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