哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

長い夜(大音量でロックを聴いていた頃)

シカゴ。
「長い夜」


 おれは中学後半から高校にかけて毎日かかさず夜中まで大音量(ヘッドホン)でロックを聴いていた。
「次の日を生きるために必要なエネルギーを耳から充電中」って感覚だった。
毎夜次の1日分のエネルギーをロックからもらいながら、なんとかその日その日を生き残った。







『一見カラダに悪そうだが、実は健康によい11のこと』にこう書いたあった。
「英マサチューセッツ大学の研究チームによると、ヘビーメタルやハードロックなど、賑やかな音楽を聴くと、小嚢と呼ばれる内耳を刺激し、これが脳に心地よさを与え、気分がよくなるらしい。ちなみに、小嚢が刺激されるのは、90デシベル以上の音楽。」

自分の体験から、おおいに納得できる話だ。大音量で聴かないと効果はなかった。
おれは慢性睡眠不足で、さらにヘッドホン難聴になった。
まあ、そのくらいはしかたなかったとおもっている。


 今は大音量でロックを聴く必要はなくなった。歳のせいもあるけど、主に仏教のせい(おかげ)だ。

カラオケは、若いときから嫌いでほんのたまにつきあいで行ったくらい。それも今はなくなった。
しかし、おれは運転中に、さほど聞きたいと思わない音楽を流してしまう。
同じCDを何年間も入れっぱなしにしてそればっかりかけていて、さすがに飽きて、ある時イジェクトボタンを押したら出てこない。中でディスクが変形したらしい。以来そのままになってる。

 この機会に、もう音楽を流さず、呼吸のヴィパッサナーをしたいとおもってる。
人工音の刺激に毎日なんとなく依存してるって、仏教的に正しくないとおもうので。



(過去記事増補編集再録)