直接無我に繋がる知
自分の自由にならないものは、自分のものではない。これは明々白々な道理だ。
自分の自由になるものだけが、自分のものだといえる。
自分の身体は自分のものではない。
なぜなら、身体はかってに老い病気になり最後には死ぬ。そのどれひとつとっても自分の自由にならないからだ。
自分のものでないなら、それは当然自分じゃないのも明らかだ。
この身体は自分ではない。
以上のことが第一段階で、これが本当に解れば後は簡単だ。
自分の心は自分でも自分のものでもないし、この世界になにひとつ、自分、自分のものといえるものはない。
これは直接無我に繋がる知なので、我欲の塊の動物本能が激しく抵抗する。
たいていの人は、それでどうなる、そう解ってなんの役に立つと嫌悪感をあらわにするが、そういう人達は第一段階がまだ全然解っていない。口先で「ソレハワカッタ」と言ってるだけ。
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