哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

人生の問題を解決する唯一の方法

大多数の人々は事実と真正面から向き合うことをしない。
あらゆる問題を解決するには、常に例外なくそうするしかないのに。
その代わりに、こうあって欲しいという、事実に反する幻想を望む。
中途半端な人間がその空気を読んで、人々の望みどおりの都合のいい作り話を提供する。
人々はそのまぼろしの「事実」に飛びついてしがみつき目をつぶる。
こうして問題の解決は先延ばしにされ、局面がさらに悪化していく。

昔こんな記事も書いてました。→第一歩さえ踏み出せば、後は一本道になる

人生の問題を解決する唯一の方法は、幻想を捨てて事実を受け入れることだ。
事実を受け入れることは問題解決の第一歩に過ぎないが、少なくとも確実にいえるのは、これ以外の方法では問題解決が不可能になるということだ。

誰でも死ぬから、人生は無意味だ。
これは疑いようのない明白な事実だ。

しかし「死んでしまうんだから人生に意味無し」と口に出せば、世間で馬鹿扱いされるのがおちだろう。世間は問題解決の第一歩が怖くて踏み出せなかったので、みんなで共同幻想に逃げ込んだからだ。

一切皆苦と明言した釈尊は逃げなかった。いや、逃げようがなかった。
人生は無意味だとはっきり気づいた人に、逃げるという幻想の脇道もはや存在しないので、残った事実という一本道を行くしかないからだ。
釈尊は最後まで真っ直ぐ突っ切って、問題を正面突破で見事に解決した。

おれも逃げることだけはしない、最後までたどりつけなくても。