おれは他の誰よりも釈尊に感謝している。
釈尊ほど信頼できる教師は、この世界にふたりといない。
たとえ樹を切っても、もしも頑強な根を断たなければ、樹が再び成長するように、妄執(渇愛)の根源となる潜勢力をほろぼさないならば、この苦しみはくりかえし現われ出る。
(ブッダの真理のことば ダンマパダ338中村 元訳)
これに関して、釈尊は次のようにも言っている。
いかに欲の禍が甚しいものであることを知っても、欲以外の幸福に達しない間は、どうしてもこの欲につきまとわれる。これは余の経験であるが、余も亦、さとりを得るまでは、常に欲に追われていた。
(現代語仏教聖典 第14章1,2)
釈尊のことばは、釈尊自身が深く体験し完璧に知り抜いた末に発せられている。
鉄や木材や麻紐でつくられた
宝石や耳環・腕輪をやたらに欲しがること、妻や子にひかれること、──それが堅固な
それは低く垂れ、
かれらはこれをさえも断ち切って、顧みること無く、欲楽をすてて、遍歴修行する。
(同345,346)
あれこれ考えて心が乱れ、愛欲がはげしくうずくのに、愛欲を淨らかだと見なす人には、愛執がますます増大する。
この人は実に束縛の
(同349)
あれこれの考えをしずめるのを楽しみ、つねに心にかけて、(身体などを)
(同350)
われはすべてに打ち勝ち、すべてを知り、あらゆることがらに関して汚されていない。
すべてを捨てて、愛欲は
みずからさとったのであって、誰を[師と]呼ぼうか。
(同353)
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「ウインドトーカーズ」中佳作
戦争映画は一切見ないという人の気持ちも分かる気がする。たとえ戦争賛美と受け取られないよう細心の注意を払っても、見る側の煩悩を考えると、結局、戦争賛美映画になってしまう可能性がある。
「聖なる嘘つき その名はジェイコフ」上佳作
これも戦争映画だが、個人的には、こっちの方がいいと思う。