哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

無常観と罪悪感


仏法に入る門は、大きく別けて二つある。

無常観と罪悪感である。

おれは無常観を深める努力によって仏法に親しくなっていく生まれつきらしい。

おれがもし無理に自己の罪悪意識を深めようと努力し、それによって宗教的に深まろうとすれば必ず偽善に落ち込んでしまうだろう。

無常観の道には、理性だけでなく感情も大いに働いている。
ただ、最終的に理性が感情を指導する姿である。

罪悪感の道は、その逆になると思う。