哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

人生には「今」しかない。ところで「今」って?

 

エックハルト・トール 『エンライトメント~人生の目的~』(DVD) PV --ニュー・アース・シリーズ#3


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 エックハルト・トール

集まって椅子に座っている聴衆

一人一人に

言葉で示す。

 

あなたの人生の真の目的は

 

「ここに座っていること」

 

です。

 

 

つまり、人生の目的は、未来じゃない。まして過去でもない。

 

 

 

 みんな「今」くらい知ってるつもりだが、じつは「今」について何もわかっていない。

「今」を体得したいなら、
溺れる者が必死で酸素を求めるようにヴィパッサナーしなければならない。


ヴィパッサナーせず、今このままの日常でいいとおもう人は
迷いの河を渡る前に、すでに渡ったと妄想し、次には渡るべき河など初めから無いと悪見を起こして、ブッダの筏を捨てる

至愚者だ。

この至愚者は、地獄に生まれても「地獄に生まれて良かった」と喜ぶ。

当然だが、この狂想を放棄しないうちは、渡るべき迷いの河さえ見えることがない。

 

ブッダの筏⇒筏喩経

 

 本人に河を渡る覚悟がなければ、ブッダから与えられた筏は邪魔になり、
渡らずに捨てても面目が立つ理由を、なんかかんか探すようになる。

懸命に屁理屈こねて「世法即仏法」とか「このままでいい」とか『証明』する人。


こういう人達は、ブッダの教えが

なぜ出世間法なのか
なぜ無我なのか
なぜ無常なのか

が全部根本的に分からないので、
人類の至宝であるブッダの筏が、
かえって精神的負担になる。
大我・如来蔵・仏性・本覚思想・世間法即如来法…
これ皆、苦労して彼岸に渡る意味がよく分からない人達が、
此岸に気分よく居続けるために作った、筏を捨てるための戯論だ。

 

 

 

 

気分よく居続ける
ことなんて
できないんですよ、


病気になるし
死にますから。

 

 

でもそれも、魂は死なないなんてアホな妄想で自分を騙す。

他の場合なら、絶対のらないような低レベルのアホ話。

老病死に追い詰められ切羽詰まると

背に腹は代えられないと「利口に」計算して

魂(真の自分)は死なないなんてアホな妄想に

みんなでのれば怖くない

ということで。


人はがんらい、河を渡る(=修行する)気迫に欠けているから、
この弊に気づいてもなかなか改めることができない。

 


このままでいい
わけない。

 

 

サティ
「瞬間の現在(今・ここ)」に気づくこと。

ヴィパッサナー実践
「瞬間の現在」に気づき続けること

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (My Favorite Songs)

ポール・マッカートニー。不出生の天才作曲家。
 

「グッドナイト・トゥナイト」

 

マイケル・ジャクソンと。
セイセイセイ

 

(過去記事編集再録)