哲学日記

存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (とはいえ、途中から懐かしいロック、日々雑感等の増量剤をまぜてふやけた味になってます)

得難い人生を酔生夢死…目覚めたがらない人々

寂しくて仕方ないのはなぜか。どうしたら解決できるのか【仏教の教え】 - YouTube

 

[感想]

みんな楽しく笑ってる中で、

寂しいのは自分だけだと

あなたはおもう。

 

それは、とんでもない間違いだ。

 

 

 

独生独死どくしょうどくし

独去独来どっこどくらい

無量寿経

 

 

一遍上人がこれを見事に解説してる。

 

生ずるは独り、死するも独り、
されば人と共に住するも

独りなり。

(一遍 )

 

 

この事実に気づかないと、一度失ったら永劫得がたい人間の貴重な一生が、酔生夢死に過ぎてしまう。

 

六道輪廻の間には、ともなう人もなかりけり。
(一遍 )

 

これ……どういう意味?

自分のまわりには恋人やつれあいや我が子や両親や友達や恩師や会社の同僚など、いっぱい「ともなう人」がいるじゃないか。

それなのに、一遍上人はなぜ「ともなう人がいない」などというか。

 

 

 

 

 

 

恋人、つれあい、我が子、兄弟、親等のほんとうの考えを、自分は最初から最後まで一度も知りえないからだ。逆も同じ。

死ぬときは独り、

だけではないのだ。

 

 

 

独生独死どくしょうどくし

生ずるは独り、死するも独り

だけでも寂しいのに、

さらに

人と共に住するも独り

ともなう人がいない

なら、

誰の人生も例外なく

窮極に寂しい

のは、しごく当然のことだ。

 

みんな寂しさを忘れるために、

瞞着して楽しそうにしてるだけだ。

 

 

このシリアスな状況

敢然かんぜんと認める覚悟が

あなたになければ、

ほんとの解決はありえない。

 

 

 

 

 

 

非常に多くの人々の、

口先ではなく、

行動が示す考えはこうだ。


寂しさを捨て置けるなら、

酔生夢死の一生でかまわない

 

だから、

さあいよいよ死ぬ

というその瞬間(とき)まで

一回も、本気で

夢から覚めたいとおもわない。

 

目覚めたいとおもわない者が

目覚められるわけない

苦に夢中の人は当然

苦から解脱できない

(相応部カンダヴァーラヴァッガ)

ブッダは明言してる。

まことにごもっとも。

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  (My Favorite Songs) 

「Stand By Me」本家ベン・E・キングの。


Stand By Me, Ben E King, 1961

 

ジョンレノンの。


Stand By Me - John Lennon (official music video HD)

 

(過去記事統合増補編集再録)