じつは、「
露伴は骨太で饒舌という、現代小説家にはない面白さがある。
露伴の娘の文、その娘の玉、そのまた娘の奈緒と文学者が続き、「だんだん小粒になっていく」と批評されると、奈緒さんが「時代が下るにしたがって人間自体のスケールが小さくなっている。私だけの問題じゃない」という意味の反論をしていたのも面白かった(以前テレビで見た気がする。あまり定かでない)。
「五重塔」は現代小説の基準から判定すれば、多くの減点ポイントを指摘するのはたやすいことで評価も低くなろうが、その現代的基準のほうが間違ってるんじゃないかと思わせる力強さが、「五重塔」にはある。
今日明日、非常に強い勢力の台風19号が接近上陸する恐れがある。
俺の家はかなり古いので、瓦屋根が吹き飛ばされないか心配だ。
この小説で驚かされることのひとつは、
台風を次のように表現していることだ。
「…飛天夜叉王、怒号の声音たけだけしく、汝等人を憚るな、汝等人間(ひと)に憚られよ、人間は我等を軽んじたり、久しく我等を賤みたり、我等に捧ぐべき筈の定めの牲(にへ)を忘れたり、這ふ代りとして立つて行く狗、驕奢(おごり)の塒(ねぐら)巣作れる禽(とり)、尻尾(しりを)なき猿、物言ふ蛇、露誠実(まこと)なき狐の子、汚穢(けがれ)を知らざる豕(ゐのこ)の女(め)、彼等に長く侮られて遂に何時まで忍び得む、我等を長く侮らせて彼等を何時まで誇らすべき、忍ぶべきだけ忍びたり誇らすべきだけ誇らしたり、六十四年は既に過ぎたり、我等を縛せし機運の鉄鎖、我等を囚へし慈忍(にん)の岩窟(いはや)は我が神力にて断(ちぎ)り棄てたり崩潰(くづれ)さしたり、汝等暴れよ今こそ暴れよ、何十年の恨の毒気を彼等に返せ一時に返せ、彼等が驕慢(ほこり)の気(け)の臭さを鉄囲山外(てつゐさんげ)に攫(つか)んで捨てよ、彼等の頭を地につかしめよ、無慈悲の斧の刃味の好さを彼等が胸に試みよ、惨酷の矛、瞋恚(しんい)の剣の刃糞と彼等をなしくれよ、彼等が喉(のんど)に氷を与へて苦寒に怖れ顫(わなゝ)かしめよ、彼等が胆に針を与へて秘密の痛みに堪ざらしめよ、彼等が眼前(めさき)に彼等が生したる多数(おほく)の奢侈の子孫を殺して、玩物の念を嗟歎の灰の河に埋めよ、彼等は蚕児(かひこ)の家を奪ひぬ汝等彼等の家を奪へや、彼等は蚕児の智慧を笑ひぬ汝等彼等の智慧を讃せよ、すべて彼等の巧みとおもへる智慧を讃せよ、大とおもへる意(こゝろ)を讃せよ、美しと自らおもへる情を讃せよ、協(かな)へりとなす理を讃せよ、剛(つよ)しとなせる力を讃せよ、すべては我等の矛の餌なれば、剣の餌なれば斧の餌なれば、讃して後に利器(えもの)に餌(か)ひ、よき餌をつくりし彼等を笑へ、嬲らるゝだけ彼等を嬲れ、急に屠るな嬲り殺せ、活しながらに一枚皮を剥ぎ取れ、肉を剥ぎとれ、彼等が心臓(しん)を鞠として蹴よ、枳棘(からたち)をもて脊を鞭(う)てよ、歎息の呼吸涙の水、動悸の血の音悲鳴の声、其等をすべて人間(ひと)より取れ、残忍の外快楽なし、酷烈ならずば汝等疾く死ね、暴(あ)れよ進めよ、無法に住して放逸無慚無理無体に暴(あ)れ立て暴れ立て進め進め、神とも戦へ仏(ぶつ)をも擲け、道理を壊(やぶ)つて壊りすてなば天下は我等がものなるぞと、叱咤する度土石を飛ばして丑の刻より寅の刻、卯となり辰となるまでも毫(ちつと)も止まず励ましたつれば、数万(すまん)の眷属(けんぞく)勇みをなし、水を渡るは波を蹴かへし、陸(をか)を走るは沙を蹴かへし、天地を塵埃(ほこり)に黄ばまして日の光をもほとほと掩ひ、斧を揮つて数寄者が手入れ怠りなき松を冷笑(あざわら)ひつゝほつきと斫るあり、矛を舞はして板屋根に忽ち穴を穿つもあり、ゆさ/\/\と怪力もてさも堅固なる家を動かし橋を揺がすものもあり。手ぬるし手ぬるし酷さが足らぬ、我に続けと憤怒の牙噛み鳴らしつゝ夜叉王の躍り上つて焦躁(いらだて)ば、虚空に充ち満ちたる眷属、をたけび鋭くをめき叫んで遮に無に暴威を揮ふほどに、神前寺内に立てる樹も富家の庭に養はれし樹も、声振り絞つて泣き悲み、見る/\大地の髪の毛は恐怖に一竪立(じゆりつ)なし、柳は倒れ竹は割るゝ折しも、黒雲空に流れて樫の実よりも大きなる雨ばらり/\と降り出せば、得たりとます/\暴るゝ夜叉、垣を引き捨て塀を蹴倒し、門をも破(こは)し屋根をもめくり軒端の瓦を踏み砕き、唯一ト揉に屑屋を飛ばし二タ揉み揉んでは二階を捻ぢ取り、三たび揉んでは某寺(なにがしでら)を物の見事に潰(つひや)し崩し、どう/\どつと鬨(とき)をあぐる其度毎に心を冷し胸を騒がす人の、彼に気づかひ此に案ずる笑止の様を見ては喜び、居所さへも無くされて悲むものを見ては喜び、いよ/\図に乗り狼籍のあらむ限りを逞しうすれば、八百八町百万の人みな生ける心地せず顔色さらにあらばこそ。」
現代小説ではありえない発想が、今読むと実に新鮮だ。現代の小説家がこれを減点とみなすなら「猫は虎の心を知らず」と言いたい。
主人公「のつそり十兵衞」の世に稀な信念の生きざまを、よくここまで見事に表現しえたものと、何度読んでもその卓越した筆力に感心してしまう。
十兵衞の親方・川越の源太が親切に差し出した大事な図面類を、十兵衞が「別段拝借いたしても」とつきかえす場面は圧巻です。
「…此品(これ)をば汝は要らぬと云ふのか、と慍(いかり)を底に匿して問ふに、のつそり左様とは気もつかねば、別段拝借いたしても、と一句迂濶(うつか)り答ふる途端、鋭き気性の源太は堪らず、親切の上親切を尽して我が智慧思案を凝らせし絵図まで与らむといふものを、無下に返すか慮外なり、何程自己(おのれ)が手腕の好て他の好情(なさけ)を無にするか、そも/\最初に汝(おのれ)めが我が対岸へ廻はりし時にも腹は立ちしが、じつと堪へて争はず、普通(なみ)大体(たいてい)のものならば我が庇蔭被(かげき)たる身をもつて一つ仕事に手を入るゝか、打擲いても飽かぬ奴と、怒つて怒つて何にも為べきを、可愛きものにおもへばこそ一言半句の厭味も云はず、唯自然の成行に任せ置きしを忘れし
(おれは読書嫌いで、そもそも読んだ小説の絶対量が非常に少ない、その範囲内での感想に過ぎません。)
※「五重塔」は青空文庫で読めます。→
(過去記事増補編集再録)